介護保険申請の実験談 第4回
増澤喜一郎 
 待ちに待った決定通知が区役所から来た。結果は「要支援」だった。元気だと信じていた、この私が「要支援」だって?
 にわかには信じられず、同時に戻ってきた介護手帳を見たが、そこにも「要支援」と記してある。皆さんご存じだと思うが、介護保険の判定は、「要支援」と「要介護1〜5」の6ランクと「自立」に区分される。ちなみに「自立」と判定されると、介護保険のサービスが受けられない。
 サービスを受けるためには、もっとも軽度の「要支援」で良かったな、と考えることにしたが、やはり気分は良くない。自分でも「歳なのかなぁ」と思い、そのことを同じ大正十二年生まれの長谷川氏に愚痴った。すると彼曰く。「やっぱりなぁ。良いような悪いような気持ちだなぁ」と同感してくれた。同年配だけに通じる心境か。
 そういえば思い出した。今から四年前、七班の宮崎義太郎さんが入院された。お見舞いにうかがうと、病床の宮崎さんがつぶやくようにポツリと言われた。
 「増澤さん、いくつになった?」
 「俺ですか、七十六歳ですよ」
 「そうか、そうか。そろそろ心の準備をしておいた方が良かろうて…」
 それから数日後、宮崎さんは逝った。

 その言葉を偲びつつ、「要支援」を謙虚に受け止め、心の準備をしようと思うことにした。そこで医師や介護に少しでも関心のある知人の意見を聞き、私なりに次のような結論を出してみた。
 老化は歳とともに進んでくる。今は「要支援」でも「要介護」の度合いはますます高くなってくるだろう。そうなれば、介護をしてくれる人、つまりヘルパーさんのお世話になることがますます増えてくる。
 そこに問題が起こる。わが家のことを知らない赤の他人であるヘルパーさんに、どれだけ気を許して介護してもらえるか、ということである。
 そのためには、普段からヘルパーさんの厄介になることに慣れておかなければならない。その努力も必要だが、家族の一員のように介護を安心して任せられるようなヘルパーさんを、一人でも多く知っておき、付き合っていくことが大事なのではないか。

 「要介護3」に認定された知り合いの奥さんに聞いてみた。
 「そうなのよ。介護サービスを受けるのに一番困るのは、良いヘルパーさんに巡り会えるかどうか分からないことなの。ケアマネージャーに事情を話して、三度もヘルパーさんを替えてもらったし、ケアマネージャーも替えたこともあるわ。
 最近、やっとこんなものかと思うようになったけど、増澤さん、なんとか良いヘルパーさんが来てくれるような方法を考えてよ」

 昔の日本の社会、とくに農村では、困ることがあると、近所の人々が駆けつけて助けてくれた。
 お互い気心知れた人々が、総ぐるみで面倒を見たり、面倒を見てもらっていた。だから介護保険なんかなくとも、人々は孫のお守りをしながら、安心して老後を楽しむことができた。
 今は違う。自分の老後は自分で選択し、自分で決定し、自分で解決していかなければならない。しかし、日々、世間の情報からうとくなってくる老人にとって、これは酷な話である。
 身動きできなくなって、家族から言われて介護を頼んでももう遅い。それより元気な今のうちに自分の介護を準備する必要があるのではないか。
 「NPO総ぐるみ福祉の会」を一日でも早く軌道に乗せて、地域の皆さんのために介護の準備のお手伝いをしよう…。そう考えたら、なんだかやる気と元気が出てきた。
 (連載文に実名で記した方々にはご了承を得ています)